本:トヨタ生産方式

トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして
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を読んだ。

トヨタ生産方式の父ー大野耐一さんの本

トヨタ生産方式は

  1. ジャスト・イン・タイム
  2. 自動化

二本柱とした「徹底したムダの排除」である。

トヨタの自化(≠自動化)は、「機械に良し悪しの判断をさせる装置」をビルトインした「自動停止装置付の機械」をいう。

異常があれば機械を止めるということは問題を明らかにするということである。

低成長下の企業のニーズは、量が増えなくても生産性を上げるにはどうしたらよいかということである。

生きた標準作業書は机上で考えていてはダメで、現場で何度も手直ししながら自らの手で完全なものを作り上げる。しかもそれはだれがもが「目で見てわかる」ものでなければならぬ。

野球で守備範囲に線を引いて、ここはセカンド、ここはサードの責任などと言っていたら、野球の面白味はまるっきり無くなってしまう。仕事も責任性をとったからといって、ただそれだけでうまくいくとも言えないのではないか。

陸上競技のリレーには必ずバトンタッチの区間がある。上手にバトンタッチをすると、四人が別々に走った合計タイムより、よい記録を出すことができる。仕事でも三十八度線は引いてはいけない。トヨタでは、新入社員など仕事に慣れていないひとをリレーのバトンタッチ式にカバーし、チームワークで仕事を「助け合い運動」と呼んでいる。

新しい試みを実験するのはすべて社内で行った。外注は一切対象としなかった。新しいシステムの問題はすべて社内で出し尽くそうという考えである。

トヨタ生産方式は「つくり方」であり、「カンバン方式」は「管理の方式」である。

「流れるようにつくる」やり方を自分のものにしておかないと、「かんばん方式」はすぐにできない

1日にセダン250台、ハードトップとワゴンをそれぞれ125台作る場合、生産ラインには、セダンを1台おき、ハードトップとワゴンをそれぞれ3台おきに流すのである。これにより、ロットを最小に、つまり生産のバラツキをもっとも少なくする(平準化)ことができる。その為にプレス部門などは、「段取り替え」を頻繁に早くできるようにする必要がある。

生産の「平準化」は、市場の「多様化」に対して、有利である。

「ジャスト・イン・タイム」生産とは、必要な品物が必要なときに、必要な量だけ、生産ラインの脇に到着するやり方で、余分な在庫を必要としない。情報も必要な時に必要なだけの情報があればよい。

企業の場では、過剰な情報は抑制されなければならない。つくられるものに情報を背負わせる(かんばん)ことによって、情報を抑えている。

『変化への対応
「微調整」という言葉は、企業トップにとっても、味わうべき内容を包み隠し持っている。ものごとは決めたとおりになかなか動かないことは知っているが、世の中には、決めた通りに動かしてはいけないことがわかっても、なお動かそうとする無茶な人がいる。「計画どおりにやるのよいことだ」とか「計画変更は恥ずかしいことだ」といういい方で、あらゆることに適応しようとする。先が完全に読み切れない以上、状況が変われば、やり方も変えていくのは当然であるし、また変化に対応できるよう現場の体質を作り上げていくこと、自分自身の頭脳を柔軟に保つことこそ大切なことではないだろうか』

「生産性の高い設備」イコール「スピードの速い設備」というのは誤った考えである。

「この設備はもう償却がすんでいる。元はとっているのだから、いつ捨てても損はない」
「この設備は簿価はゼロに等しい。こんな物に改造費をかけるのは損である。むしろ新鋭の機械に置き換えたほうがよい」
は、発想がまことに貧しく、まちがっている。
昭和の初期に購入した古びた設備でも、現時点において100パーセントに近い稼働率が保証されるように保全がなされ、生産の一翼を担っていれば、設備の価値は何ひとつ下がってはいない。
設備の価値は使用した年数や型式の古さで決まるのではなく、どれだけ稼ぐ力を維持しているかで決まる。

老朽設備の更新の判断基準は何にもとめたらよいか?
十分な保全さえ実施されていれば、たとえその保全に費用が発生しようとも、買い替えたほうが安くつくなどという話はありえぬことだ、と考えることである。

トヨタ生産方式は生産現場のムダ、ムラ、ムリを徹底的に排除することを絶対の条件としているために、機械に少しでも異常が発生し、不良品を生み出す恐れが生じた場合には、直ちに止まることが不可欠である。

ヘンリー・フォード一世
『標準(スタンダード)に設定には慎重な態度が必要である。なぜなら、標準はともすると正しいものより間違ったものを設定することになりがちだからである。標準化には「惰性」を表すものと「進歩」を表すものがある。したがって標準化について漠然と議論することは危険である。』
標準化によって公衆は利益を受けるであろうか。その答えは全く逆である。
第一に、おそらくどんな(外部)団体も標準を設定するのに必要な知識を持つことはできない。そうした知識は現場じゃら得られるものであるから。
第二に、進歩を妨げることになる。なぜなら企業は公衆のためではなく、標準のためにものをつくることで満足するようになり、人間の能力も鋭くなるどころか、鈍くなるからである。

標準とは上から与えられるものではなく、「標準」を設定するのは現場の当事者がせよ、そうでないと「進歩」のための標準にはなりえない。

『産業の真の目的は、この世の中をよく出来た、しかも安価な生産物で満たして、人間の精神と肉体を、生存のための苦役から開放することにある。』 ヘンリー・フォード一世

まさかの用意のために貯えておくこと、その貯めこむ気持ちが、ムダをのもとをなしている。
新しい機械を買ったら、どうして能力いっぱいにいつも動かしておかなければならないのか?
フルで稼働させるんではなく、「予防」というニーズを全行程に浸透させる。

「効率とは、まずいやり方をやめて、知りうる限りの最もよい方法で仕事をするという簡単なことである」 ヘンリー・フォード一世

「効率」とは、決して量とスピードの関数ではない。
「われわれの動きは速すぎるのだろうか」という命題。
トヨタ生産方式は終始、作り過ぎを抑える、常に市場ニーズに対応できる作り方をしてきた。

低成長時代には、作り過ぎがいやがおうでも露呈してくる。そのムダこそ量とスピードのみを追求する結果である。

「ロットを小さく、段取り替えを速やかに」は、「より速く、よりたくさん」の既成概念を変革していく意図がある。

 

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